2012年6月3日日曜日

『QED ベイカー街の問題』高田 崇史/著

某所にて6/3公開、7/16転記

  二次小説経由で興味を持ち、図書館で借りた1冊です。
 シリーズ3作目なのですが、作品の世界観は初盤でなんとなくつかめたため違和感なく読了。 この作品に限って言えば、遡って読み漁るシリーズではないかな。勿論、薀蓄部分は面白いし薬学方面から解かれる謎には、知的好奇心をくすぐられます。が、今 ひとつ惹かれものが少なかったです。薀蓄部分について言えば、京極堂シリーズの方が正直好みだなぁ。決して軽い作品でないのですが、物足りない感がやっぱり随所にありました。

 なのに何故日記に書いてるかといえば、今作のテーマが"シャーロック・ホームズ"に纏わる謎だから。そして、BBC版『SHERLOCK』制作陣の恐ろしさをまざまざと思い知らされた!!から。読了後、なんて恐ろし子たち!!真のシャーロキアンすぎる!!だった位、なんかもう凄いよ BBC版『SHERLOCK』制作陣しかなかったからです。しかし、
何度思い知れば気が済むのかって感じですよね、ホントに(^^;;)
 そんな斜めってる上に小説のネタバレ満載の感想を下記に。 

小説(シャーロキアンの研究結果)ネタバレ雑感


1.ホームズが『空き家』以降別人である説。

 ホームズ入替り説と言うのかその辺は解りませんが、非常に興味深い説でした。今作で言及されてる矛盾点は、GRANADA版『最後の事件』と 『空き家の怪事件』を観てるだけでも「それは矛盾してないかい???」と思うくらいです。なので、この説が出てきても驚かないのが悲しい(苦笑)。
 確かに、ライヘンバッハでモラン大佐に「生存」を目撃されてる時点で、ホームズの偽装は失敗してるんですよね。何のために「死」を偽装したの か?とGRANADA版見てても突っ込む箇所。そして、ワトソンをライヘンバッハまで連れて行ったのに、目撃が必要な場面で偽手紙で現場から外す意味が分 からない。遺書だけなら郵送って手もあったろうに…とかツッコミそうになる『最後の事件』と『空き家』だったりします。

 と言いつつ、『空き家』以降のホームズがヴァイオリンを引く回数が少ないとか、シェークスピアを引用してるとかな細かな部分については、時系列 を若干触ってるGRANADA版では読み取れません。かと言って、原典=聖典をそこまで読むのはちょっと面倒(ヲイ)。なので、そうなんだぁな感じ。『踊る人形』が抱える矛盾点は、シリーズ初期に映像化してるGRANADA版では解りませんでした(^^;;。

 しかも、誰が入れ替わってるかとかも研究されてるのは、ちょっと驚きでした。二次小説で使われる「シェリンフォード」ってホームズの従兄弟さん だったんだ!な、かなり明後日方向の驚きがあったのも事実…。二次小説書いてらっしゃる方達もシャーロキアン多いんですね。
 
2.ホームズ=モリアーティだった説→ライヘンバッハはホームズの自殺説。
 いやぁなかなか興味深い説でした。
 シャーロキアンでない私でも何処かで小耳に挟んだ説です。こうやって聖典から引用される事象か読み解かれると、なるほどと思わせられます。1の説と密接に絡むのがこれまた面白い。
 原典ではワトソンはモリアーティと会ってないんですよね。GRANADA版でもそうだったような気がしますし。あくまでもホームズが語るだけの存在なモリアーティ。そりゃ、こういう説も出てくるわと納得でした。

 小説で大きく扱われるのは、この2つの説。ワトソンが女性だった説とかは、初盤でざっくり触れられます。そのため、シャーロキアン達が提唱してる色んな説をざっくり知ることができたのは、ある意味ものすごく有難かったです(笑)。ただ、だったらホームズ同性愛説にも言及しろよ!と思った私は腐ってますか、そうですよね…。


 BBC版『SHERLOCK』との兼ね合いについては、長くなったので事項とします。