2007年6月1日金曜日

一年以上抱えていた、旅行記(06/4/26-06/5/6)

 昨年4/26-5/6の黄金週間を利用して行ってきました、北ドイツの旅。
観光&友人との再会が目的だったにも拘らず、終わってみたら「旧東西ドイツの歴史を辿る旅」になっておりました。加えて「私の無知を思い知らされた旅」といおうか、「知らないことが恥ずかしいと思った旅」と言おうか、「近現代史の重要さを認識した」と言いましょうか。
兎に角ドイツ滞在中ずっと、「近現代史をちゃんと知らなきゃ。学ばなければならない」と強く思った旅でした。

こういう旅になったのは、相方の「近現代史好き」な部分もかなりもあるんでしょうが・・・
訪れた街が、ベルリン、ポツダム、ドライリンデン(アウトバーンで西側に行く為の検問所だったらしい)、ケルン、ドレスデンと旧東側だったり、戦後史に大きな意味を持つ場所だったり、二次対戦中の被害が大きかった場所だったからに他なりません。
 恥ずかしい話ですが、歴史の授業は余程の事が無い限り駆け足で通り過ぎる近現代史に全く興味が持てませんでした。ただ、教科書に記載されている事象のみ「何となく」覚えている程度。それ故、二次大戦でどういう出来事があり、各国がどういう動きをし、どんな被害があったのかも知らない。
そして、ベルリンの壁。崩壊はTVを通して知ってはいました。が、結局「何も知らなかった」事が本当に解り・・・もの凄く恥ずかしくて。
更に言えば、「旧聞」とか「もう昔の話やわ~」と愚かにも思っていた(知った振りしていた)、東西ドイツは「今」も根を張っている事が現実だと、感じた時には・・・己の無知が恥ずかしく、みっともなくて仕方ありませんでした。

恐らく、友人らの言葉のお陰でより一層「現実」だと思えたのだと思います。

特に、ベルリンで彼らの友人やドレスデンに住む彼らの親戚と出会い、彼らから「当時のドイツ」を聞かせてもらったことは大きかったと思うんです。また、友人のお母様がおっしゃった言葉とか・・・
ドレスデンでお母様の従兄弟家族と出合った写真を見てもらっていた折に何気なく、「従兄弟と最後に会ったのは50年前。その後東西に別れてしまったから。最後に会った時は彼、とっても若かったのよ」と微笑みを浮かべながらおっしゃいました。その時初めて、家族や親しい人たちが東西で分断されるってこういう事なんだと、実感したんです。そして、決して遠い昔話じゃないんだと。

知らないことは確かに「力」になるのかも知れない。知らないことが「当たり前」で良いのかもしれない。
けれど、大きな事実を目の前にして、近しい人から話を聞いた時「知らないこと」がモドカシクて、恥ずかしいと感じた事は、私にとって大きな意味を持つような気がします。
そして、「何の為に歴史を知らなきゃいけないのか」が、漠然とですが見えた様な気がしても居ます。「今」を知るために必要なんじゃないのかとも。

そんな風に考えた旅行でした。

行く前に散々っぱら「南に行きたい!!!!観光名所に行きたいっ!!」と叫んでいたとは思えない・・・

次からは、こまごまとした呑気な旅行記(というか徒然)です。