2005年7月19日火曜日

『STAR WARS episode3 -REVENGE OF THE SITH-』感想

 思い起こせば、遥か昔。それは恐らく『episode1』の製作及び公開時期が大々的にPRされた年のことだったかと。
 旧三部作の公開に衝撃を受け、何かと思い入れのあった相方(つきあってた時期^^;;)に、「『STAR WARS』旧三部作が連続して映画館で見れるんや!!鑑賞パスポート買ったし見に行こう!」と半ば強引に連れて行かれた記憶があります(笑)
 それが、私の『STAR WARS』初体験でございました。(時折深夜に放映していたのをなんとなくチラっと見てたような気はするんですが、真っ当に見たのはそれが初めてだったと思います)

 そんなこんなで意外にも長いお付き合いとなり、「ここまできたら最後までお付き合いせねばなるまい!!」というなんとも妙な義務感と責任感と適度な思い入れで見に行って参りました。

以下ネタバレだらけの雑感です。

 見終わった後、どうやらすっかりルーカスの罠に掛かったようで、『旧三部作』を見返したくなりました(笑)。だって、あれやこれやちゃんと流れがあってるか、整合性が取れてるかとかの確認作業をしたくなったんですもの(←物凄く失礼な反応です^^;;)。
 とか言いつつも、上映時間中は充分楽しませてくれるし、時間を忘れる事ができたり、見終わった後何も引き摺らずただ「楽しかった〜」と思えるのは凄いと思います。所謂娯楽作品としては充分満足できる作品だと思うし、6作全てにおいて質を落すことなく、観客を楽します術や見るものを飽きさせない術をこれでもかっとばかりに尽くしてる姿勢には感嘆します(そして大局で齟齬が無いきちんと作り上げられてる世界観も凄いと)。
 また、個人的に『episode2』が色んな部分で辛かっただけに、今回の話は単純に楽しかったと思えたのがホント幸いでした。

 今回もヨーダは素晴らしい動きです!!彼の手がもう少し長かったらきっとあの世界の歴史は違っていたかも?!(絶対間違った感想だと思います)と思うほどでした。いや〜ヨーダは最高です!!

ヨーダvs皇帝は別格として、他印象に残ってる場面。
・ジェダイの騎士達が掃討される場面
『指令66』が議長より発せられて以降、味方であった者達が粛々と裏切り背後から殺していく。
 細かな部分を気にしたら突っ込めるんでしょうが(確かに突っ込みたくはなります。実際相方は突っ込みまくってたし^^;;)、それよりも効果音も台詞も無く、ただ音楽が鳴る中で見せられる場面に何とも言えない「怖さ」と「冷たさ」、そして妙な「現実感」というか「生々しさ」を感じました。
 この現実感や生々しさが何に拠る物かきっちり把握はできてないのが、モドカシイんですが・・・

 あの世界でのジェダイ達がある意味担っていたかもしれない、信仰的な部分や神聖性や誇りなんかが「戦時下」において「排除されるべきモノ」に転化し、「堕ちた」瞬間を見た気がしたからなのか。それとも、彼らの「個(性)」が本来的に簡単に環境(周囲)から「孤立」し得るものだったと思ったからなのか。ふと、ジェダイが置かれていた(る)位置というのを考えずにはいられなかったからなのか。よく解ってないことをグタグタと申し訳ないです。
 しかも今一、こう「フォース」とか「ジェダイ」とか基本的な部分をきっちり理解してないんで(Webで調べろ>自分)、間違った認識だとも思います。

・議長が皇帝となる場面
 万雷の拍手の中で、共和国が帝国に変わる。そこでパドメが呟いた言葉がどうにも印象深かったんです。実はこの場面では、第三帝国(ナチス党)を思わず重ねました。製作者の意図がどの辺りにあるのか判らないんですが・・・。
 で、更にパドメの言葉「万雷の拍手の中で、自由は死んだ」(だったかな??)には、ふと『銀河英雄伝説』の序章を思い出しもしました(苦笑)。なんか民主主義と帝国主義っていう括りの物語に接するたびに、色々と考えを巡らしてしまいます(上手く言葉にできませんが)。

・ヨーダの説話(って・・・)
 ヨーダがアナキン青年を諭す場面ですが、恐らく、これまでにも再三説明があったことなんでしょうが、丁度『鉄鼠の檻』を再々読中だった所為か物凄く印象に残りました。
 「己を律する」事で、何かを会得する。その方法(考え方)がある部分東洋的な哲学(と表現して良いのか判りませんが)だな〜と改めて認識しました。

その他色々と。
・パドメ役のナタリー・ポートマン嬢が相変わらず凛とした美しさで、うっとりしました。ただ、やはり匂い立つような色気とか艶があまり無い女優さんだと思うので、アナキンとのラブシーンは少々辛いものが・・・(^^;;。
 そういった部分で、前作と今作は、なんか彼女が勿体ないよな・・・と思う部分もあったりして(凛とした台詞や仕草や雰囲気の時は「ぴったりやん」と思うんですが)。
・クリストファー・リー様(様付けかいっ/笑)演ずるドゥークー伯爵が早々に亡くなれた場面では、一瞬だけ「見る方(役者)が居なくなってしまった。どうしようこれから」と思ったのは内緒です。
・アナキン役のヘイデン・クリステンセン君を初めて「男前」だと認識しました(笑)。特に、野望を隠してる表情とか、憎しみと悲しさとが渦巻いてる表情(特に眼)は素晴らしくて、ゾクゾクしました。
・今作はどうやらオビワン=ケノビの物語だったんですね。いやユアン・マクレガー氏大好きなんで嬉しいんですが(笑)。しかし、オビワンは良い味だしてたよな〜(軽妙な台詞も多かったし)
・R2とC3POの出番(特にC3PO)が思ったより少なくて、かなり寂しかった(涙)とは言え、R2は笑いを取りつつ大活躍したから良しとします(って何様)。
・この映画に関しては重箱の隅は突いちゃいけない(苦笑)とは思うんですが、一つだけ言わせてください。チューバッカとヨーダって知り合いだったんですか!???!と。思い起こすにも旧三部作でそれを匂わす場面は無かったと思うんですが???!
 ちなみに相方の見解は、「ハン=ソロと一緒に居たのは『チューバッカ=チューバッカ』と言って、今作に出てたチューバッカの息子なんやて」らしいです(・・・・)。観客にそういった見解を抱かすのはどうかと思うんですが(笑)
・御大の字幕・・・素人でも違和感(戸惑い)を感じる訳って如何なものかと。なんか相変わらず雑な訳だよな〜としみじみしちゃいました(^^;;
 『指輪物語』の御大のお仕事のお陰で、最近、できるだけ耳で聞いて理解できる部分は理解しようと努力するようになりました。信頼の置けない字幕ってのもホント問題だと思います・・・・(一番信頼置けないのは自分の耳なんですが/苦笑)

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上映前の予告で『キング・コング』を見たんですが・・・内容はともかく監督のPJがかんなり痩せていて、あのホビットチックな面影が全く無かったことに驚きましたよ。一体どうしたPJ!!
こんな事が気になって気になって仕方がなく、今もって『指輪物語』から帰って来てないことが発覚しましたです(笑)