2012年6月24日日曜日

靴を買ってみた他 お買い物日記

某所にて6/24公開、7/18転記

 一人で京都をふらふらして見つけたのが、Clarksのハイカットスニーカー。私には珍しくキャンパス地のハイカットスニーカーを衝動買いした理由は、だた一つ。ユニオン・ジャックがデザインされてたからです(_;;;。


 京都をふらふらしたのは、ロンドン・イヤーでロンドン五輪が近づいてるこのタイミングなら、英国デザイン物が溢れてるのじゃないのか?!と淡い期待でした。なのに、全くと言っていいほど見当たらな かったよ…。一体どうなってるのか?!と胸ぐらをつかんで聞きたい気分になったくらい、LondonのLの気配も無かった…。


 そんな中出会った運命のハイカットスニーカー。Clarksの店員さん曰く「"SEX PISTOLS"のアルバムジャケを(多分これ)
をイメージしてる」そうです。
 ある意味インパクトがあるんですが、デニムに合わせると見事にハマるデザインなのが素敵で、衝動買いしました。もう良いんです。英国(というか『SHERLOCK』)につぎ込むことに決めました。そう割りきらなきゃやってらない(涙)。

 他に見つけた英国グッズは、PATRICK COXのネックレス用チャームとピンパッジ。ピンパッジは値段も手頃(2個セットで¥7,350-)だったので、もしかするとそのうち買うかもしれません。

 ジムがS1Ep3で着てたスーツブランドなVivienne Westwoodにあった、細身のユニオン・ジャック柄ネクタイ。あれはぶちゃけ欲しかった!値段は確認できてないのでなんとも言えないのですが、ネクタイ好きな私にとっては非常に好ましいというか着けたいデザインでした。

 えっと、欲しい物書いてて気づいたんですが、私の女子力って一体何処にいったのでしょうか???いや、確かに百貨店回遊してる最中でも「このデザインに惹かれるのって、女子力的にどうよ?」と思ったよ。けど、やっぱり文字にすると、なんかこう現実を突きつけられるっていうのか…。


 買い物の流れで書いちゃいますが、FanVidでまた引っかかって、Adam LambertとKE$HAのアルバム買っちゃいました。一体ホントに底はどこにあるのかと。

 更に言えば、某ファンサイトさんで知ったUK iTuneStoreにしかないFREE App のゲーム落としました。だって、ベネディクトのあの声で脱出経路を教えてくれるゲームだったら英語聞き取れなくても買わなきゃ!じゃないですか。ベネディ クトのあの美声でですよ!!!(てかベネディクト、声だけの作品多すぎてちょっと呆然です)
 しかもベネディクト主演なのに、FREEってなんて太っ腹なのかよ!(ちなみに2011年12月ころ発売っぽいから余計にそう思ってしまう)

 これで、Storeのアカウント3カ国分となりました。いいのだろうか林檎的には?!とちょっとビビってます。が、英国旅行行ったらポンドのiTunes Card買うんだ!!そうしたら、UKから思う存分買えるようになるんだからな!と無駄に熱くなってます。


 ホント何かの病気としとしか思えない毎日。

『シャーロック・ホームズ ワトスンの災厄』雑感

某所にて6/24公開、7/18転記

 シャーロック・ホームズの海外パスティーシュ集の翻訳。

 図書館の返却済み棚に偶々あって、これも何かの縁かもしれない!と勢いだけで借りてみた1冊(笑)

 予想以上に萌えました(笑)。

 正直、シャーロック・ホームズとワトソン氏の会話が楽しければそれだけで萌えれるようになった!。相方に、萌えた箇所を朝から読み聞かせた位萌えまくって読了。聞かされてた相方にはすまん!の一言をここで言っておく(って何様)。しかし、聞いてた相方も一々「それは違うな。ワトソ ン君とホームズの関係はそうじゃない。もっとこう持ち上げて落とす感じが欲しい」とか論評してたから、迷惑じゃなかったのかもしれない(笑)。
 余談ですが、原典についても、地の文がワトソン氏のシャーロック萌な表現だと気付いてからは、それだけで楽しい状態です。ぶっちゃけ、トリックとか伏線とか無茶な設定であっても、二人が楽しく会話してくれてれば満足できるようになった!

ViVa底なし沼!な勢いです。

 閑話休題。しかし、洋の東西問、プロアマ問わず二次創作物(って言うな)ってネタが似かよるなぁと、しみじみしました。ホームズ役者さんがホームズ的謎解きをする話なんて、探せば『SHERLOCK』でもあるんじゃないのか?!と思った位でした(笑)。きっとどこかにあるに違いない!と確信してますが、本国仕様っぽい気もする。万一、探しだせたとしても時間が必要だし(誤訳に)、絶対ややこしい隠し方してるだろうし、海の向こうの二次創作物関係のお約束とか分からないからなぁぁとか思っちゃう時点で、かなり腐ってますよね私…。すみません。

 そして、女性が書いてる二次創作物の表現が!!!もうね、ブロマンスど真ん中でした(笑)。皆大好きっ!!そうよ、そうなよね!あの二人は基本 ブロマンスだよね!!と全く知らない作家さんだったり研究者さんだったりするにも関わらず、共感しまくりでした。目の前にいらっしゃったら手を握って振り 回して同意を示しちゃうくらい、同士よ!な感じでした。
 なので、恐らく本筋とは全く関係ない楽しみ方をしてた1冊なため、関係者各位にはこっそりゴメンナサイを言わせて頂きます。ホントに申し訳ないです…。

 ホームズに関しては、発表当時から二次創作(って言うな)を作者自体認めちゃってるらしいので、あらゆる方がパスティーシュしてるってことに驚きました。だって、エラリー・クイーンとか「くまのプーさん」原作者とかO・ヘンリーとかマーク・トウェインが書いてたとか(前書で解説されてました)、 どんだけ豪華な二次創作界隈(だからヤメろ)なのかと慄きましたです。この本でも、物理学者の方の執筆があったりして、裾野の広さを改めて感じた次第で す。

 

 作者本人が派生作品を認めたのは、恐らく然程ホームズ物に執着がなかったからなんだろうなぁと相方と邪推しました。この邪推の根拠は、ドイルの ホームズより怪奇物を書きたかったけれど、そっちはあまり評判が芳しくなかった。なのに、ホームズ物に関しては読者の要望があるわ、出版社も売れるから書 かせたがるわで、渋々書いてたという感じの基本事項です。いやぁオカルトに傾倒してたとか、色々愉快な方みたいとか。
 そのお陰で、ホームズ物を愛してやまない綺羅星のような方たちが二次創作を書いてくださったのだと思うと、不思議な気分になります(^^;;

 しかしながら、『SHERLOCK』にドハマリしたせいで、こんな方向に手を出すとは…。人生何があるのか分からないものです。しつこいようですが、中学時代の私に色々諭したい気分で一杯です。

『フランケンシュタイン』 (光文社古典新訳文庫)雑感

某所にて6/24公開、7/18転記

 ベネディクトが昨夏に舞台で演じ、オリヴィエ賞の主演男優賞を授賞した作品の原作。今更ながら読んでみることにしました。

 勿論、舞台の『Frankenstein』は随分脚色されてますし、演出や解釈等で原作とは随分色合いが変わのは百も承知。しかし、日本では劇場公開もされないっぽい(英米では この舞台を劇場で放映するんですね…羨ましい限りです)ので、原作から想像するしかないかなぁが、読むに至った理由です。

  フランケンシュタインと言えば、藤子不二雄氏の『怪物くん』やモノクロ映画 のイメージしか思い浮かばない私。なので、原作のフランケン シュタイン博士 (以下ヴィクター)と怪物の人物造形、彼らの繊細さと愛憎が入り混じった関係には驚かされました。


 特に、ヴィクターのヒトデナシっぷりには唖然でした。

 ヴィクターは、確かに天才だし繊細である意味果てしなく善人なのだと思います。 が、非常に弱くて脆い上に自己評価がむやみに高い。創造主であるからこその傲慢さなのか、単に「美=善」とする価値観が全てな世界だからなのかは浅学な私には解りません。しかし、怪物が「生」を得た瞬間にその「醜悪さ」に嫌悪を覚え全否定して逃げ出すって…と。確かに、神の創造物である人が神の領域である 「生命」を生み出したことに対する恐怖、それを行った自身への嫌悪はわかる。それが分かった上で、逃げ出すのはどうよと。逃げ出すくらいなら、その瞬間そ の場で怪物を「殺す」選択があってもよかったのじゃないかと、それが創造主の責任じゃないのか?と現代の私は思ったりします。この辺、倫理観や道義的な問題も絡んでくるので簡単に答えは出ないんですが。
 

 また「醜悪=悪」な価値観で怪物を捨てたのだとしたら、それもそれで勝手だよなぁと思うんですよね。その姿形を作り上げたのは、ヴィクターその人じゃないのかという疑問が離れなかった(^^;;。その醜悪さはヴィクターが望んだ姿だったんじゃないのだろうか?もしかすると、その醜悪さこそヴィク ターの本質なのかもしれない。だからこそ、怪物を否定せざるを得なかったのじゃないかとか。
 また、仮に怪物が「美」しかったのなら、それはそれで ヴィクターは打ち拉がれた気がしなくもないんです。創造主より「美しい=善」な存在が目の前に現れたら、恐らく挫折感や劣等感が半端ない気がする。だったらやっぱりヴィクターは怪物から違った意味で逃げ出したのかもしれません。
 ただ、ヴィクターのそういう気質なり描写が、読んでる間じゅうものすごく魅力的に感じられたのも事実です。掘り下げたら無茶苦茶面白くい人物なんじゃないだろうかと、素人ですら思うほど魅力的でした。

 そんなヴィクターに対し「愛情」と「優しさ」を求め続ける怪物。怪物がヴィクターに対し請い願う場面は、美しく悲しく愛しかった。幼子が抱きしめてもらおうと親を見上げ手を伸ばしてるかのような必死さと純粋さ。単に創造主たるヴィクターから「慈しみ」をもらいただけなのに、それすら与えられな い。ましてや、憎悪しか向けれられない。拒否される痛さと哀しみが、これでもかと言うくらい伝わりました。

 そして、怪物が出会ったフランス貴族の家族の描写。ここもホントに美しかったんです。怪物が初めて感じた光。それは怪物の錯覚だったのかもしれ ませんが、怪物が見た「光」は真実だったのだと思うのです。しかし、その光を知ったがゆえに己が「陰」であることを理解したという哀しさ。言葉を覚え、感 情を知り、愛を見つめ続け「成長」したにも関わらず、醜いというだけで拒絶される事実は、彼にとってどれほど苦しかったか。しかも創造主はそれを聞いても 感情が動かされることがない。なんて悲劇なのかと。

 その二人が表に裏になりつつ描かれる「フランケンシュタイン」という物語は、神と人、人が生命を作り出す是非、現代科学、物語、愛憎というあらゆる側面から解釈できそうな大きさがある気がします。

 原作を読んで更に舞台が見たくなりましたよ…。なにこの悪循環…な気分でいっぱいです(苦笑)

 で、ベネディクトがヴィクターと怪物の両役やりたい!と言ったのがよく分かりました。読んでる間中二役ともベネディクトで想像して違和感なかった(笑)。

 真面目な話、ヴィクターと怪物は二役で一つで、片方だけ演じても「フランケンシュタイン」は表現できないわ…とまじめに思ったくらいです。
 NHKさんが買って放映してくれないだろうか…。DVD化されてたら輸入盤でも買うのになぁ…。と欲望が高まるばかり。