2007年6月3日日曜日

06/4/27 ベルリン買物三昧編

この日は、小雨が降っていたため「お買物デー」となりました。
目当ては出国前からチェックを入れていた、trippen(日本語サイトはこちら)とStieff。
 そして、やはり外せない博物館島。時間が余り取れず訪れることが出来たのはPergamon Museum(ペルガモン博物館)だけでした(時間が無くなったのは私の所為。とは相方の言葉。確かに...深く反省してます)。
 
最初に訪れたのが、trippenのあるMITTE地区 ハーケンシャ・ホーフ。
 個性的なお店が多くて、飽きませんでした。相方だけだったら、半日以上ウロウロしてたと思います(断言)。が、男性2名連れでは流石の私も無理でした(^^;;。ここで見たのは trippenとGalerie・Shopだけ。
 ・Galerie・Shop
 このshopは歩行者信号機のマークをデザインした雑貨屋さん。かなりお薦めです。シンプルで可愛らしいデザインと、POPな色使いが印象的。また、文具の種類が多くお値段も手頃だった為、お土産物を購入しました。

 ・trippen
 店内は想像していた以上に広く、明るく、どちらかといえば開放的な雰囲気でした。靴のディスプレイも見やすく、試着も自由、店員さんも必要な時意外は纏わりつかないと本当に嬉しいお店。
 目当ての靴は速攻で見つかり、懸念していたサイズ等々は全く問題なかったのでそれだけを買って終わればよかったんですが、店内と店員さんの雰囲気が良く、また種類豊富な靴達を目の前にしたら色々試してみたくなる女心(違)で、気なるデザインをことごとく試履きすることにいたしました。
 えぇどれもこれも素晴しく心地良くて...うっとり、盛り上がりっておりました。
お供の男性2名(相方とW氏)はそんな私の盛り上がりに引きまくり、退散して店外で一服しておりましたが(苦笑)
 試履の時でも店員さんは本当に纏わり付かないんですよ(嬉)。かと言って完全無視ではない。こちらが声を掛けるまで放っておいてくれるし、たまに声を掛ける時は程よく良いタイミングでサイズとか色とか聞いてくれるしで、非常に快適でした。
 何より嬉しい驚きだったのが、こちらがデザインで迷って「どれが良いと思います?」と聞いたら、足の形と靴の形をきちんと見て、触って判断してくれたこと。二人の可愛らしいお嬢さん達のプロ精神やブランドに対する愛を感じた瞬間でもありました。
 あれやこれや目移りし散々試履したにもかかわらず、買ったのは当初目的のデザイン。そういうもんですよね~お買物って(笑)。
 試履が終わる頃男性2名が戻って、二人とも店員さんと楽しくお話してるんですよ~。それだけ、お店と店員さんの雰囲気が良かったってことだと思います(^^)。最後には、店内で店員さんと記念撮影してしまう程、三人とも満足しておりました。
 ベルリンに行かれることがあれば、是非一度行ってみてくださいませ~。
 
 ・bonbon
 別のホーフ内にある手作りキャンディ屋さん。どうやらドイツでは有名らしく、W氏がいそいそ入店したのが印象的でした。店内の甘~い香りと、陳列してある飴のPopでCuteな色彩に思わずニッコリしてしまいました。また飴作りの工程を傍で見せてくれるので、時間を忘れて見入ってしまい店員さんに笑われたのも良い思い出になっています。
 この時W氏が買ってくれた飴(150g??)は
程よく甘く大層幸せな味で、ドイツ滞在期間中の良き供となりました。

この後、博物館島に行きPergamon Museumに寄りましたが、それについては別項にて叫びたいと思います。

第二の目的地であるSteiff。
 ベルリンの目抜き通りにありましたが、うっかりすると見過ごすような店構えを情熱と愛だけで見つけ、男性陣から「おぉぉ…」と賞賛と呆れとため息の入り混じった声が上がりました。
 店内に足を踏み入れれば、ソコは天国(大袈裟な)。Steiffのぬいぐるみ達が私を待ち構えています!!しかも、日本と違って触りたい、抱えたい、抱きしめたい放題(除くアンティーク&限定品)!!!!これを天国と言わずして、何と言いましょうや!!!!日本で見たことの無い子達も勢ぞろいしているし!!
勿論、限定品はガラスケースに大切に仕舞われてますが、限定品やアンティーク品にはあまり興味が無いと言うのか、恐れ多いので触れなくても問題なしです(笑)。
 ここでも、男性陣は店外で喫煙タイム。お陰で、彼らの「まだかっ?!」視線を浴びる事無く、並み居るぬいぐるみ達を堪能することができました(笑)。
 店内をあらかた物色した後、友達に頼まれていた「小さめのテディ」と、Myコレクションなペンギン(若しくは鳥類)を再確認。テディの方は、「Vino Bar」という新作ワインを記念して造られた子を(本来ならワインとセット売りだったらしんですが、ワインは売り切れテディだけ残ったのでセール品でした^^;;)。私は、アデリーペンギン属(恐らくジェンツー)だと思われる子&小さな小さなテディを日本に連れて帰ること決定。幸せ~(馬鹿)
 もっともっと時間があれば、男性陣が居なければ(をい)あれやこれや色んな子を物色できたのにぃ、と思う私は我侭ですか??

Steiffの次に向かったのが、高級百貨店であるKaDeWe(カー・デー・ヴェー)
 W氏の姉G氏ご推薦の店で、否が応も無く連れて行かれたデパート。G姉は仕事の都合でベルリンには来なかったんですが、ベルリン観光のスケジュールは彼女の指示によるものだったらしいです。とにかく、定期的にW氏に電話がありその度に彼は「今何所に居て、次は何所に行く予定」というのを報告しておりました・・・いや~姉弟間の力関係を目の当たりにして、中々楽しいものがありました(つうか、W氏が少し可哀想になった/苦笑)。
 そんな事はさて置き、KaDeWe。
 身も蓋も無い言い方をすれば、日本にでもあるような普通の高級百貨店です。確かに、高級品から一般食料品まで揃うので時間が無い方にはお勧めかもしれませんが、正直行かなくても良いかな??って感じです。但し、6Fは行ってみる価値ありです(どっちやねん)。
 6Fは日本で言うデパ地下、所謂食料品フロアなんです。が、何が面白いかというと、カウンター式のレストランが併設されてる店があるんですよ。売ってる食材をその場で調理して食べさせてくれる、という感じです。パスタ、コーヒー、チーズ、ワイン、ビール等々専門店ならではの雰囲気が漂い、美味しそうな香りがフロアに広がっています。が不思議なことに、香りが混じることはないんですよね~。その前を通ったら確かに香るんですが、少し離れると全く感じない。それだけ、各店が広いってことなんでしょうね~。

その他の観光記録としては、
・カイザー・ウィルヘルム教会
 観たかったのに、KaDeWeに行った為時間が無くなりました...(大泣)翌日訪れる筈がそれも叶わず、結局外観だけを見るに止まりました...くそぅ(>-<)。ベルリン観光において、最大の心残りです。 さて、その日の夕食は、待望の「ホワイトアスパラガス」!!!!!  気温が低く生産が
例年より遅くれていたドイツ国内産では無かったんですが、ギリシャ産の旬をいただきました。
 とは言え日本ではなかなかお目にかかれないので、本当に嬉しくて幸せでございました。

2007年6月2日土曜日

06/4/26 首都ベルリン到着 そして 夜の観光

関空よりフランクフルト経由でベルリンに向いました。搭乗時間は、延べ13時間(^^;;

往路での懸案事項は、フランクフルト空港での乗り継ぎ時間が50分と短かったこと。
旅行前に空港内の地図を入手し、機内で移動経路をイメージトレーニング(笑)して望んだものの....
表示が解り難かったり、係員との意思疎通が巧く図ることが出来ずかなり戸惑いました(- -;;;
幸いにも地下通路を無事走り(苦笑)抜けたので、搭乗時間には無事(ギリギリ)間に合いましたが。

敗因は、国内線乗り換え時に再度手荷物検査があった事です。
国際線に乗る際に検査しているんだから、良いんじゃないかと思うんですが・・・・
どうやら、ドイツ(シェンゲン条約)国内線利用者と乗り継ぎ利用者の入場ゲート(っていうですか??)が同じで、その結果乗継者も手荷物検査しなくちゃいけない様になってるみたいです。あと考えられるのがテロ対策か・・・・。しかし、ここで一番時間とった様な気がしてなりません、です。

何やかんや言っても最終的には「国際」空港を甘く見ていた私たちが悪いんです・・・・
(関空が小さいと言われるのが大っ変よくわかりました)

ベルリン着。
出口の向こうに知人W氏(昨年北海道旅行に同行した、ドイツの方)の姿が見え、やたら嬉しく懐かしい思いに。そして、彼の指示でカートを使う事に(一旦ゲートに出たにもかかわらず、再度入れてくれた係員さんに感謝☆)。
荷物をカートに乗せ、改めてW氏と再会を喜びつつも、相方が早速「とりあえず一服したい」と言い、喫煙者なW氏が同情する表情をしつつ「勿論!!」と言った風情で外に出て一服。つうか・・・君ら意気投合し過ぎ・・・・一服しながら喫煙者の悲哀を互いに語ってる様子は、可笑しいやら情けないやらでした。
後、空港内で両替と再会を祝うお茶。お茶の後喫煙者共が一服してる間に、私は軽くウィンドショッピング。「『Steiff』の充実度が違う!!!!!」とにんまりしておりました。

W氏の車にてホテルへ向ったんですが・・・。何度も道を間違うW氏を見て、彼が地図の読めない人だと判明(笑)。まぁ車内で有名どころを見れたので、それはそれで良かったんですが。
ホテル(CLARION BERLIN)にチェックイン。今回初めてバウチャーを使用したため、不安があったんです(小心者)がW氏が付いててくれたので安心でした。ただ、団体旅行客との到着と重なった為、結構時間は掛かってしまいました。が、それは仕方ないかと思われます。

ホテルは余り期待してなかったんです。が、非常に快適なホテルでした。部屋の設備も申し分なく、滞在中不快な思いをしたことは一度もありませんでした。
3日目の朝食リストに部屋番号が無いという不備があり、フロントに申し出たらその場で確認してくれて「問題ない」との回答も得られましたし、対応も問題なかったと思います。
つうか、確認した相方の方が大きな問題ありでした。何せいきなりフロントで「クエスチョン」と言い出すんですから・・・・(- -;;。そんな非常に失礼な日本人の問いかけに対して、(多少「むっ」としつつも/笑)丁寧に対応してくれたホテルマンは流石でした。しかし、普通なんかもっと言い方あるだろうよ>相方、傍らで聞いててホント吃驚しましたよ(噴出しかけた)。

30分後W氏とベルリン観光へ向いました。
ベルリン・フィルの本拠地を眺め(当日はベルリン・フィルのコンサでした・・・行きたかったな・・・)、富士山型の屋根を持つソニーセンター内を突っ切り、旧東西ドイツ境界へ。

・『ベルリンの壁』が少しだけ当時まま残ってる場所。
ベルリンの壁崩壊はTV中継で見て「知って」はいましたが、その場に立って「壁」の高さ、厚さを目の当たりにし、私が「知った」と思っていることは「つもり」でしかなかったと強く感じました。
その場に立って、質量や展示されている写真、旧東西の近さ、何よりその近さが「壁一枚」あるが為に「遠くて違う国」になっていたという事実を、初めて「知った」様な気がしました。それ以上に、今なら一跨ぎして行ける場所に、決して遠くない昔は行く事が叶わず、それどころか向側に行く為に命を落とした人が居た「事実」に、言葉を無くしてしまいました。
(余談ですが、説明書が独英語しかなかったのはかなり辛かったです…英語は本当に辛うじてなんとか努力して読めますが…、こう詳細が掴めないもどかしさがありました。日本語でも記載して欲しかったと思うのは、我侭なんでしょうか??それ以上に日本人観光客は来ないから必要ないのか??と妙に悲しくなったり。)

・欧州ユダヤ人犠牲者への慰霊碑
 ベルリンの壁跡を経て、ブランデンブルグ門までにありました。
この慰霊碑についてはここ を参照下さい。
私達が訪れた時間には、地下の情報センターは閉っていたので上層部のみの観光です。しかも、W氏がこの慰霊碑に関して説明してくれてはいたんですが、辛うじて大意が掴めるのみで・・・言葉の壁って厚い・・・。
ただ、この慰霊碑が持つ「重さ」や「威圧感」や何ともいえない息苦しさ、違和感を感じることができただけも良かったんじゃないかと。それらは、ドイツの歴史(現在も続く)が抱えてるモノであろうから。
自国が犯した罪を形にして残す、100%完璧な形でなくても「残す」事や「認識してる」と表わす事に大きな意味があるんじゃなかろうか、と思った次第です。

・ブランデンブルグ門
 そぞろ歩くこと約1時間にして、漸くやっと有名観光地に辿り着きました(笑)
 義理父より「ブランデンブルク門は大したこと無かったわ~」という感想を聞いていたので、それ程期待はしておりませんでした。が、壮大さと薄闇に白く浮かぶ美しい姿に、えぇ息を呑みましたよっ!!ホント、美しいというか力強いといいましょうか・・・素晴しかった。
が、昼間に見たら今一つだったのでここは夕方~夜がお勧めです!!ホント、ライトアップが映えて美しいったらありません、です。
しかし、こちらの説明版も独英伊仏・・・・(涙)頑張って英語読ませていただきました・・・

その後、大使館の警備員さんに周辺の美味しいお店を聞き(聞いてくれたのは当然W氏/笑)、その店で夕食を済ませ、夜のポツダム広場をそぞろ歩きホテルに戻りました。
大使館の警備員さんの馴染みやすさに、思わず微笑を誘われておりました。 

2007年6月1日金曜日

一年以上抱えていた、旅行記(06/4/26-06/5/6)

 昨年4/26-5/6の黄金週間を利用して行ってきました、北ドイツの旅。
観光&友人との再会が目的だったにも拘らず、終わってみたら「旧東西ドイツの歴史を辿る旅」になっておりました。加えて「私の無知を思い知らされた旅」といおうか、「知らないことが恥ずかしいと思った旅」と言おうか、「近現代史の重要さを認識した」と言いましょうか。
兎に角ドイツ滞在中ずっと、「近現代史をちゃんと知らなきゃ。学ばなければならない」と強く思った旅でした。

こういう旅になったのは、相方の「近現代史好き」な部分もかなりもあるんでしょうが・・・
訪れた街が、ベルリン、ポツダム、ドライリンデン(アウトバーンで西側に行く為の検問所だったらしい)、ケルン、ドレスデンと旧東側だったり、戦後史に大きな意味を持つ場所だったり、二次対戦中の被害が大きかった場所だったからに他なりません。
 恥ずかしい話ですが、歴史の授業は余程の事が無い限り駆け足で通り過ぎる近現代史に全く興味が持てませんでした。ただ、教科書に記載されている事象のみ「何となく」覚えている程度。それ故、二次大戦でどういう出来事があり、各国がどういう動きをし、どんな被害があったのかも知らない。
そして、ベルリンの壁。崩壊はTVを通して知ってはいました。が、結局「何も知らなかった」事が本当に解り・・・もの凄く恥ずかしくて。
更に言えば、「旧聞」とか「もう昔の話やわ~」と愚かにも思っていた(知った振りしていた)、東西ドイツは「今」も根を張っている事が現実だと、感じた時には・・・己の無知が恥ずかしく、みっともなくて仕方ありませんでした。

恐らく、友人らの言葉のお陰でより一層「現実」だと思えたのだと思います。

特に、ベルリンで彼らの友人やドレスデンに住む彼らの親戚と出会い、彼らから「当時のドイツ」を聞かせてもらったことは大きかったと思うんです。また、友人のお母様がおっしゃった言葉とか・・・
ドレスデンでお母様の従兄弟家族と出合った写真を見てもらっていた折に何気なく、「従兄弟と最後に会ったのは50年前。その後東西に別れてしまったから。最後に会った時は彼、とっても若かったのよ」と微笑みを浮かべながらおっしゃいました。その時初めて、家族や親しい人たちが東西で分断されるってこういう事なんだと、実感したんです。そして、決して遠い昔話じゃないんだと。

知らないことは確かに「力」になるのかも知れない。知らないことが「当たり前」で良いのかもしれない。
けれど、大きな事実を目の前にして、近しい人から話を聞いた時「知らないこと」がモドカシクて、恥ずかしいと感じた事は、私にとって大きな意味を持つような気がします。
そして、「何の為に歴史を知らなきゃいけないのか」が、漠然とですが見えた様な気がしても居ます。「今」を知るために必要なんじゃないのかとも。

そんな風に考えた旅行でした。

行く前に散々っぱら「南に行きたい!!!!観光名所に行きたいっ!!」と叫んでいたとは思えない・・・

次からは、こまごまとした呑気な旅行記(というか徒然)です。